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名古屋地方裁判所岡崎支部 平成10年(ワ)660号 判決 2000年9月07日

愛知県<以下省略>

本訴原告

(反訴被告。以下「原告」という。)

右訴訟代理人弁護士

山本健司

名古屋市<以下省略>

本訴被告

(反訴原告。以下「被告」という。)

グローバリー株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三﨑恒夫

主文

一  被告は、原告に対し、四〇九万七五〇〇円及びこれに対する平成一〇年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の本訴請求を棄却する。

三  被告の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴、反訴を通じて、これを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴について

被告は、原告に対し、八七七万五〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴について

原告は、被告に対し、六六二万三六四五円及びこれに対する平成一二年六月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  要旨

1  本訴について

本訴は、商品取引員である被告に商品先物取引を委託した原告が、被告の行った一連の取引に関して、被告又は被告従業員に違法行為があったと主張し、民法七〇九条又は七一五条一項に基づき、被告に対し、損害賠償を求めた事案である。

2  反訴について

反訴は、被告が、原告に対し、原告から受託した一連の商品先物取引に関して、帳尻差損金の支払を求めた事案である。

二  前提事実(本訴、反訴を通じて)(争いのない事実、証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

1  当事者

(一) 原告は、昭和四五年○月○日生まれであり、平成元年三月、a高校を卒業し、直ちに愛知県安城市にあるb社に入社し、現在まで勤務を続けている。被告に対する商品先物取引の委託を開始した平成八年四月当時、満二五歳であった。

(二) 被告は、昭和三八年七月一五日設立された株式会社であり、商品取引所法の適用を受ける商品取引所の商品市場における上場商品及び上場商品指数の取引の受託業務等を目的としており、中部商品取引所、東京工業品取引所等の商品取引所に所属する商品取引員である。

2  基本契約の締結

原告は、被告との間で、平成八年四月三日、中部商品取引所、東京工業品取引所等の定める受託契約準則に従って、それらの商品市場における取引を被告に委託して行う旨の契約(以下「本件基本契約」という。)を締結した。

3  本件取引

(一) 原告は、本件基本契約に基づいて、平成八年四月四日から平成九年六月三〇日までの間、被告に委託して、別紙(一)先物取引一覧表(原告作成のもの。以下「同一覧表の取引を「符号1の取引」というように示すことがある。)及び別紙(二)委託者別先物取引勘定元帳(被告作成のもの)に記載のとおり、東京工業品取引所の金、銀、白金、パラジウム、綿糸、中部商品取引所の乾繭、小豆、輸入大豆、綿糸、関西商品取引所の輸入大豆、大阪商品取引所のゴム指数、関門商品取引所のとうもろこしの各先物取引(以下「本件取引」という。)を行った。

(二) 本件取引によって発生した差引損益(売買差金から取引所税、委託手数料、消費税を差し引いた金額)は、別紙(二)勘定元帳の客方勘定欄記載のとおり順次精算され、取引終了日の平成九年六月三〇日現在、帳尻差損金の残額は、三四三四万三六四五円であった。

4  委託証拠金

(一) 原告は、被告に対し、本件取引を行うに当たって、別紙(三)委託者別委託証拠金現在高帳に記載のとおり、委託証拠金を預託し、返還を受けた。

(二) 原告がその手持資金から預託した委託証拠金の合計額は、八一九万五〇〇〇円である。原告は、被告から、平成九年六月一二日、八〇万円(帳尻差益金中の四五万二八〇八円と委託証拠金中の三四万七一九二円の合計)の返還を受けた。原告の拠出金のうち返還を受けていない金額は、七三九万五〇〇〇円である。

(三) 帳尻差益金から委託証拠金に振替入金した金額の合計は、一九八七万二一九二円であり、委託証拠金からの返金分三四万七一九二円を差し引くと、一九五二万五〇〇〇円となる。これに原告の拠出金分八一九万五〇〇〇円を加えると、本件取引終了日現在の残高の二七七二万円となる。

5  精算

(一) 被告は、平成九年一二月二五日、前記委託証拠金残高二七七二万円を前記帳尻差損金残額三四三四万三六四五円の弁済に充当した。

(二) 原告は、右弁済充当により、拠出金中の前記未返還分七三九万五〇〇〇円を失った。

(三) 右弁済充当後の帳尻差損金の残額は、六六二万三六四五円である。

三  主な争点(本訴、反訴を通じて)

1  本件取引について、被告の不法行為が成立するか。

(一) 断定的判断の提供及び投機性の説明の欠如の有無

(二) 無差別電話勧誘の有無

(三) 実質一任売買の有無

(四) 新規委託者保護規定違反の有無

(五) 過当な売買取引及び不当な増建玉の有無

(六) 証拠金不足の建玉(薄敷)の可能性の有無

(七) 無意味な反復売買・ころがしの有無

(八) 過当な向かい玉の有無

2  不法行為が成立するとした場合、原告は、信義則違反を理由として、被告の差損金支払請求を拒否できるか。

第三主な争点に対する判断

一  本件取引について、被告の不法行為が成立するか(主な争点1)。

1  断定的判断の提供及び投機性の説明の欠如の有無

(一) 甲一一の原告作成の陳述書、原告本人尋問の結果中に、被告従業員上窪政治が本件取引に原告を勧誘する際、被告は豊田織機と関係があり、綿糸の動きはよく分かるなどと説明したこと、平成九年五月三〇日に被告を退社した前任者を引き継いだ被告従業員Bが、原告に対し、自分は億万長者を二人作った、原告にもそうさせてあげると話したことなど、断定的判断の提供があったことや投機性の説明が欠如していたことを示す供述記載及び供述部分が存在する。

(二) しかしながら、前記前提事実、甲一一、乙一ないし三、四の1、2、六及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、工業高校を卒業してすぐにb社に入社して現在まで勤務を続けており、本件取引を始めたときは満二五歳で、それまで株式、商品先物取引等の投資の経験がなかったものであるが、最初一〇枚の取引を勧誘されたのに対し不安に思って五枚から始めたり、数十万円くらいの自由になる金で取引をし、それくらいであったら最悪失敗してもいいかなという感じをもっており、最初に原告の担当者になった被告従業員上窪政治に対して取りあえず利益が出たら自己の出資分は取り戻してその利益分だけで遊んでいこうと話し、同人からも賛同の言葉をもらうなど、商品先物取引の危険性についてそれなりの認識を有しており、その上で約諾書に署名押印をし、その際に被告従業員から商品先物取引の危険性について一通りの説明を受けていることが認められる。

(三) また、被告従業員Bが話したことについては、証人Bの証言中に、(一)の内容を打ち消す趣旨を述べる部分があり、原告本人とB証人のどちらの言い分が真実かを容易に決め難い。

(四) したがって、本件取引が不法行為になるような違法性を伴う断定的判断の提供及び投機性の説明の欠如があったことを認めるには、証拠が足りないといわざるを得ない。

2  無差別電話勧誘の有無

被告及び被告従業員がなりふり構わず委託者を獲得するために無差別な電話勧誘を行い、原告を本件取引に引き込んだことを認めるに足りる証拠は存在しない。

3  実質一任売買の有無

前記前提事実によれば、本件取引の委託証拠金残高は、平成八年四月四日から同年七月一〇日までの原告拠出分が合計一七四万円であり、同年一一月二八日の帳尻差益金の振替入金分四九万二〇〇〇円を加えても、平成八年中は、合計二二三万二〇〇〇円にとどまっていた。また、本件取引の新規建玉は、平成八年中は、別紙(一)一覧表の符号1の平成八年四月四日の売建玉五枚総額四一四万円、符号2の同月二五日の買建玉一〇枚総額一一一〇万円、符号3の同年五月七日の買建玉五枚総額六六三万円、符号4の同月一四日の売建玉五枚総額四〇二万八〇〇〇円、符号5の同年七月三日の買建玉二枚総額五二一万四八〇〇円、符号6の同年一一月八日の買建玉一〇枚総額一〇六五万円、符号7の同月二八日の売建玉一四枚総額一一九七万八四〇〇円であった。このような取引の実情は、手元にある数十万円の余剰金の範囲で取引をするという原告の当初の心積もりをある程度は超えているものの、それほど大きく逸脱しているともいい難く、取引の間隔や一回の取引の規模も原告の取引開始時の考えに照らしておおむね妥当な範囲にあったと評価することができる。このようにして、本件取引の開始から約九か月間が経過し、原告は、次第に商品先物取引に慣れ、その知識、経験を増していった。なお、前記認定事実、甲一一、乙七の1ないし19、20の1、2、21の1、2、22、23、24の1、2、25の1、2、26の1、2、27ないし30、八の1ないし22、九、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件取引は、その全部を通して、個別取引をする前に被告担当者がそのつど原告の意思確認をし、被告から原告に対する事後的な報告書類も遺漏なく送付されていたことが認められる。

以上のような本件取引開始以降の約九か月間の取引状況によれば、本件取引が実質一任売買の実体を有していたことを認めるのは難しいというべきである。平成九年一月から本件取引終了までの取引については、実質一任売買以外の理由による違法性の有無を検討するのが相当である。

4  新規委託者保護規定違反の有無

前記前提事実、右1、3に認定説示したところを総合すれば、原告は、多く見ても八〇〇万円くらいまでの余裕資金を有するにすぎない高校卒の会社員で、本件取引以前に株式、商品先物取引等の投資経験のない二〇歳代半ばの男性であるけれども、本件取引を開始した平成八年四月から同年終わりまでの約九か月間の取引の実情は、比較的原告の意向に沿った穏当なものであったといえるから、本件取引が不法行為となるような違法性の高い新規委託者保護規定違反はなかったというべきである。

5  過当な売買取引及び不当な増建玉の有無

前記前提事実、前記認定事実、甲一一、乙九、証人Bの証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件取引は、その開始から終了まで(最終の手仕舞いとなった符号22の1、2を除く。)、被告従業員が値段その他の相場の材料を示し、上がり下がりの見通しを説明して勧誘し、更に仕切り時を助言し、原告がそのような説明や助言を納得して、建玉をし、仕切りをしていた。そして、本件取引の新規建玉は、平成八年中は一日合計一四枚以内にとどまっていたが、平成九年に入ると、被告従業員は、原告に対し、次のとおり、委託証拠金の上積みを求め、更に帳尻差益金を委託証拠金に振替入金させて、枚数の多い新規建玉を勧誘するようになっていた。

(1) 平成九年二月一三日(符号11)

買建玉五〇枚 四四六六万〇〇〇〇円

同年一月二七日に帳尻差益金全額七四万八二六六円が委託証拠金に振替入金された。

(2) 平成九年二月二七日(符号12の1ないし4)

売建玉合計四〇枚 四九二二万四〇〇〇円

買建玉合計四〇枚 三四〇八万〇〇〇〇円

同月一〇日に帳尻差益金全額五六万五〇一六円が委託証拠金に振替入金されたほか、原告から委託証拠金として同月一三日に一三五万円、同月一四日に三〇〇万円、同月二〇日に五四万円、同月二五日に九六万円の入金があった。

(3) 平成九年三月二七日(符号13)

売建玉一三〇枚 九四九六万五〇〇〇円

なお、符号13の取引は同年五月二〇日に仕切られ六一二万三六四三円の差益金を生じ、原告は、同日現在で四一八万二四一六円の帳尻差益金を取得していた。

(二) 原告は、平成九年五月二〇日、被告従業員Cから、右帳尻差益金の取得について、「元が取れた。」と聞かされた。そこで、原告は、同人に対し、預託した委託証拠金の返却を求め、特に三〇〇万円は親から借りた金であり早く返したい旨説明した。すると、同人は、税金等の関係上一〇〇万円単位はまずいので、八〇万円ずつ返す旨答えた。そうこうするうち、同人は、同月三〇日に被告を退職してしまい、被告からは、同年六月一二日に八〇万円が一度原告に振込送金されただけである。

(三) 平成九年五月中は、被告従業員Cが担当して、次のとおり、本件取引の新規建玉が行われた。

(1) 平成九年五月二〇日(符号14の1、2)

買建玉合計二〇〇枚 一億三九二六万〇〇〇〇円

同日、帳尻差益金四一八万二四一六円のうち二〇九万九七一八円が委託証拠金に振替入金された。

(2) 平成九年五月二二日(符号15の1ないし3)

売建玉合計三六〇枚 一億九二三五万七〇〇〇円

同日、帳尻差益金四七五万九二六二円のうち四七五万円が委託証拠金に振替入金された。

(3) 平成九年五月二三日(符号16)

買建玉一七〇枚 一億七九〇一万〇〇〇〇円

同日、帳尻差益金二三四万三八五八円のうち二一八万円が委託証拠金に振替入金された。

(四) Cが平成九年五月三〇日付けで退職し、被告従業員Bが原告の担当を引き継いだ。その際、Bは、原告が二六歳のサラリーマンであり、既に委託証拠金として八〇〇万円余りを被告に預託していることから推しはかって、原告にそれ以上の資金の余裕があることは見込めないと考え、原告から更に入金があることは期待しなかった。Bが引き継いだ時点で、帳尻差益金約一一〇〇万円が生じており、原告の建玉内容は、銀買建玉一七〇枚、白金売建玉二六〇枚で、銀には約六六〇万円の値洗い益が、白金には約一六〇万円の値洗い損が出ている状態であった。Bは、原告に対し、銀と白金は大した値動きがないので損が小さいうちに仕切って処分して、関西大豆の売建玉をするように勧め、これに応じた原告から受託を受ける際、原告が取引開始したころは建玉を長く持って成功したが、最近は利食いが遅れ気味なので、利益が出たらすぐに利食っていく、そのためには枚数が多いほうがよいという作戦も話しておいた。また、枚数が多くなった場合の取引方法に関して、予測と逆の方向に値が動いたときは、すぐに損切りをして、深く追いかけないようにという注意を与え、追証にかかる前に決済できるものは決済していくという姿勢で臨むべきであることを明らかにした。

(五) Bが原告の担当係になったのち、次のとおり、本件取引の新規建玉が行われた。

(1) 平成九年六月九日(符号17の1、2)

売建玉合計二二〇枚 二億四一五二万七〇〇〇円

(2) 平成九年六月一一日(符号18の1ないし3)

買建玉合計五三〇枚 三億九〇七五万五〇〇〇円

同日、帳尻差益金一〇四万〇七二六円のうち六八万一一四二円が委託証拠金に振替入金された。

(3) 平成九年六月一二日(符号19)

売建玉二五〇枚 五億九一四五万〇〇〇〇円

同日、帳尻差益金三五九万一〇九九円のうち二九七万二一九二円が委託証拠金に振替入金され、四五万二八〇八円が原告に振込送金された。また、委託証拠金の中から三四万七一九二円が原告に振込送金された。本件取引の全経過の中で、被告から原告に対して利益が還元されたのは、右合計八〇万円の振込送金が唯一の事例であった。

(4) 平成九年六月一三日(符号20)

売建玉二三〇枚 三億三一六六万〇〇〇〇円

同日、帳尻差益金六五万九二九六円のうち五〇万円が委託証拠金に振替入金された。

(5) 平成九年六月一九日(符号21)

買建玉三〇八枚 七億〇八三三万八四〇〇円

同日、帳尻差益金四七六万八八二六円のうち四七二万円が委託証拠金に振替入金された。

(6) 平成九年六月二五日(符号22の1、2)

買建玉合計二五〇枚 三億二三四三万〇〇〇〇円

(六) 本件取引は、符号20の取引まで順調に推移した。符号20の取引が仕切られた平成九年六月一九日時点で、帳尻利益金から振替入金された委託証拠金は、返金分三四万七一九二円を差し引くと、一九五二万五〇〇〇円である。同日の帳尻利益金は、四万八八二六円である。それまでに八〇万円が原告に返金されていた。以上の利益が生じていたのである。

ところが、符号21の右六月一九日の買建玉は、見通しとは逆の方向に値が動き、早めの損切りという方針に従って同月二五日に仕切ったのに、委託手数料、取引税、消費税をマイナス勘定に加えた差引損益計算で、一〇〇四万八七三〇円もの差損金を生じた。

さらに、この損失の回復を狙った符号22の1、2の右六月二五日の買建玉は、同月三〇同に仕切って、合計二四三四万三七四一円の差損金を生じた。

そして、被告は、同年一二月二五日、委託証拠金二七七二万円を差損金に弁済充当したが、精算できない差損金六六二万三六四五円が残った。

このように、平成八年四月四日から平成九年六月一九日まで、建て落ちを一回と数えて二九回に及ぶ取引によって積み上げてきた一九五二万五〇〇〇円の利益が、原告の入金した委託証拠金残金七三九万五〇〇〇円と共に、同日から同月三〇日までのたった三回の取引によって、すべて失われたうえ、多額の差損金債務まで残ってしまった。

(七) 符号22の1、2の平成九年六月二五日の買建玉について、二六日には急激な値下がりとなり、二七日は更に激しい下げとなり、その日の午後にストップ安となった。Bは、原告に対し、二七日(金曜日)、一七〇〇万円の追証がかかっていることを連絡し、損切りをすれば五〇〇万円くらいの預託金が残ることを説明して、早く仕切りをするように促した。この日は、三回にわたって連絡を取り、そのつど早期損切りを促した。これに対し、原告は、一日の最後の値が付く大引けの午後三時までに最終的な結論を出すので、それまで仕切りを待ってほしいと答えたが、この日、大引けを過ぎても原告からBへの連絡はなかった。原告は、同日、勤め先の労働組合に相談をし、原告訴訟代理人弁護士を紹介され、即日、取引の違法、無効を主張して、預託した金員を全額返還するように求める内容証明郵便が被告宛てに発送された。被告は、次の営業日である同月三〇日も原告と連絡が取れなかったので、受託契約準則に従い、後場第一節で右買建玉を強制的に仕切った。

右認定事実に基づいて判断すると、原告が符号21、22の1、2の各取引によって大きな損失を被った根本的な原因は、自己の資金余力及び判断能力に適合しない、枚数の極めて多い取引をしたからである。当時、原告は、合計八一九万円余りを拠出し、委託保証金として被告に預託していたが、原告が調達できる資金の額は、その程度が限度であった。また、原告は、平成元年三月に工業高校を卒業して会社勤めをするようになった二六歳の会社員であり、本件取引を開始する前は、株式や商品先物取引の経験がなかった。本件取引開始後、約一年二か月にわたり二九回の取引を行っており、経験を積んで商品先物取引について十分な理解をしたように見えるけれども、その実態は、被告従業員の提供する相場情報、その分析の説明などに基づく勧誘や助言を受け入れて、建玉をし、仕切りをしていたにすぎない。取引が比較的順調に推移したこともあって、値段が見通しと逆の方向へ動いたときの対応について、地道に経験を積む機会は得られていなかった。そのような資金余力及び判断能力であるのに、取得した利益の大部分を委託証拠金に振替入金し、これを利用して限度一杯まで取引の規模を拡大したことが間違いであった。被告従業員Bは、原告に対し、枚数が多いと値が少し逆の方向に動いただけで大きな損失を生ずるので、早めの損切りをして、深く追いかけないようにする必要があることを説明していた。しかしながら、追証が発生したときの資金的な対応の準備のないまま、極めて枚数の多い建玉を勧めておいて、原告に右のような機敏な対応を求めること自体に無理があったのである。原告の資金余力、知識、経験、判断能力を前提とすれば、原告は、取得した利益の一部を余力として残しておき、一〇〇枚を超えない枚数の建玉を更に相当期間にわたって繰り返し経験しなければならなかった。平成九年六月二五日の買建玉について、同月二七日にBから一七〇〇万円の追証が必要であるとの連絡を受けたときの、原告の狼狽は想像に難くない。困惑した原告が原告訴訟代理人弁護士に相談し、対応を依頼したことは理解できる。

ところで、一般投資家から依頼を受けた商品取引員及びその営業担当者は、顧客の予期しない過大な不利益が顧客にもたらされないように配慮すべき注意義務を負っており、ある方法で取引する場合にもたらされる一定の不利益について予測できるような場合には、顧客に注意を促し、そのような不利益を回避するように助言、指導すべき義務を負っている。これを右に説示の過大な枚数の取引に関して検討すると、被告従業員Bは、原告に対し、取得した利益の一部を余力として残しておき、一〇〇枚を超えない枚数の建玉を更に相当期間にわたって繰り返し経験し、商品先物取引の実際について更に習熟するように助言、指導すべき義務を負っていたものである。ところが、実際には、Bは、原告の担当係になると、利益が出たらすぐに利食っていくという作戦を立て、そのためには枚数が多いほうがよいとして、利益の大部分を委託保証金として利用し、前記(五)に認定のとおり、平成九年六月九日の二二〇枚、同月一一日の五三〇枚、同月一二日の二五〇枚、同月一三日の二三〇枚、同月一九日の三〇八枚、同月二五日の二五〇枚というように過大な建玉を勧誘したものである。したがって、Bは、遅くとも同月九日から四回にわたって違法行為を繰り返していたが、損害が発生しなかったために不法行為が成立しなかったものである。そして、同月一九日と同月二五日の違法行為(符号21、22の1、2の各取引)に損害が発生し、不法行為が成立することとなったものである。

6  証拠金不足の建玉(薄敷)の可能性の有無

本件取引において委託証拠金不足の建玉が行われたことを認めるに足りる証拠はない。

7  無意味な反復売買・ころがしの有無

(一) 原告の手数料化率の主張は、本件取引の違法性を基礎付けるほどに具体的な内容を伴っておらず、直ちに採用し難い。

(二) 原告の売買回転率の主張は、本件取引の違法性を基礎付けるほどに具体的な内容を伴っておらず、直ちに採用し難い。

(三) 原告主張の特定売買比率の主張は、形式的に見た場合、両建が三回、手数料不抜けが三回、日計り、売り直し、買い直し、途転は存在しないように見えるが、実質的に考察した場合、これらの特定売買は五〇パーセントに達するというものであるが、実質的な考察については疑問点の指摘にとどまるものが多く、右主張は、全体として、本件取引の違法性を基礎付けるほどに具体的な内容を伴っておらず、直ちに採用し難い。

8  過当な向かい玉の有無

(一) 甲八、甲一〇、証人Bの証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 神戸ゴム取引所 天然ゴム指数

ア 平成九年六月一九日後場二節 平成九年一二月限

(ア) 全会員の建玉合計 売り買いとも 三五一枚

(イ) 被告の売建玉合計 三一三枚

委託玉 三枚

自己玉 三一〇枚(符号21に対する被告の向かい玉三〇八枚が含まれている)

(ウ) 被告の買建玉合計 三三三枚

委託玉 三三三枚(符号21の原告の三〇八枚が含まれている)

イ 平成九年六月二五日後場一節 平成九年一二月限

(ア) 全会員の建玉合計 売り買いとも 七〇九枚

(イ) 被告の売建玉合計 五二一枚

委託玉 五二一枚(符号21の仕切りの三〇八枚が含まれている)

(ウ) 被告の買建玉合計 四九六枚

委託玉 四一枚

自己玉 四五五枚(符号21の前記向かい玉の仕切りの三〇八枚が含まれている)

(2) 中部商品取引所 輸入大豆

ア 平成九年六月二五日後場三節 平成九年九月限

(ア) 全会員の建玉合計 売り買いとも 二五六枚

(イ) 被告の売建玉合計 二三七枚

委託玉 二三七枚(弁論の全趣旨により他人名義の実質的な自己玉で、符号22の1に対する被告の向かい玉二〇〇枚が含まれていることを認める)

(ウ) 被告の買建玉合計 二三七枚

委託玉 二三〇枚(符号22の1の原告の二〇〇枚が含まれている)

自己玉 七枚

イ 平成九年六月三〇日後場一節 平成九年九月限

(ア) 全会員の建玉合計 売り買いとも 二〇六枚

(イ) 被告の売建玉合計 二〇一枚

委託玉 二〇〇枚(符号22の1の仕切りの二〇〇枚に相当する)

自己玉 一枚

(ウ) 被告の買建玉合計 二〇一枚

委託玉 二〇一枚(弁論の全趣旨により他人名義の実質的な自己玉で、前記認定の符号22の1に対する向かい玉の仕切りの二〇〇枚が含まれていることを認める)

ウ 平成九年六月二五日後場三節 平成九年一一月限

(ア) 全会員の建玉合計 売り買いとも 一二三枚

(イ) 被告の売建玉合計 七七枚

自己玉 七七枚(符号22の2に対する被告の向かい玉五〇枚が含まれている)

(ウ) 被告の買建玉合計 八二枚

委託玉 八二枚(符号22の2の原告の五〇枚が含まれている)

エ 平成九年六月三〇日後場一節 平成九年一一月限

(ア) 全会員の建玉合計 売り買いとも 一〇六枚

(イ) 被告の売建玉合計 七三枚

委託玉 七三枚(符号22の2の仕切りの五〇枚が含まれている)

(ウ) 被告の買建玉合計 七三枚

自己玉 七三枚(符号22の2に対する前記向かい玉の仕切りの五〇枚が含まれている)

(二) 証人Bの証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、符号21、22の1、2の取引について、原告が前記認定の大きな損失を被ったのとは裏腹に、被告は、右(一)に認定の向かい玉によって、原告の損失額に匹敵する大きな金額の利益を取得したことが認められる。見方によれば、原告が被告に預託した委託証拠金、約一年二か月の間に二九回の取引を経て順次蓄積してきた原告の利益を、被告が最終の三回の取引ですべて自己の利益として持ち去る結果を生じたということができる。

(三) 向かい玉は、委託者の建玉を成立させるために行われることもあり、それ自体が直ちに不法行為になるとはいえず、商品取引員が自己の利益の追求に走り、その専門的知識や経験を利用して顧客にあえて損害を与えるために向かい玉を建てる行為をしたときに不法行為を構成するものと解されるところ、本件においては、被告が前記向かい玉を建てるに当たって、右のような意図を有していたことを認めるに足りる主張、立証は行われておらず、本件の前記向かい玉の存在から、直ちに被告の違法行為を認定するには至らないというべきである。しかしながら、原告の損失により被告が利益を得たという右(二)の実情は、過失相殺の割合を決め、信義則に基づく判断をする際に考慮すべき事項であると解される。

9  以上のまとめ及び関連事項

(一) 以上のとおりであって、本件取引は、前記5に説示の、被告従業員Bが原告に対して符号21の三〇八枚、符号22の1、2の合計二五〇枚という過大な建玉を勧誘した違法行為について、不法行為が成立し、被告は、民法七〇九条又は七一五条に従って、右不法行為により発生した損害を賠償すべき責任を負うこととなったものである。そして、賠償されるべき損害は、原告が被告に対して拠出した委託証拠金の未返還分七三九万五〇〇〇円である。

(二) 本件取引が順調に推移したこともあって、原告にも、商品先物取引が変動の激しい、思いがけない大きな損失を生むことのある、投機性の高い危険な経済行為であることについての緊張感を伴う認識を欠いて、安易に取引を継続していた落ち度があること、被告が前記向かい玉により原告の損失の裏返しの大きな利益を取得したことなど、前記認定説示の諸般の事情を総合考慮すると、本件においては、五割の過失相殺をするのが相当である。そして、過失相殺後の損害額は、三六九万七五〇〇円となる。

(三) 右不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、四〇万円と認めるのが相当である。

(四) 右(二)と(三)の合計は、四〇九万七五〇〇円である。

二  不法行為が成立するとした場合、原告は、信義則を理由として、被告の差損金支払請求を拒否できるか(主な争点2)。

本件取引については、契約上、原告の被告に対する帳尻差損金残金六六二万三六四五円の支払債務が存在しているが、前記のとおり、被告従業員Bの違法な勧誘行為が原因で発生した債務であるうえ、被告が前記向かい玉により原告の損失の裏返しの大きな利益を取得し、右帳尻差損金残金は事実上回収されていることなどの事情を考慮すると、被告の原告に対する帳尻差損金残金の支払請求は、信義則に反して許されないというべきである。

第四結論

よって、原告の本訴請求は、前記損害合計四〇九万七五〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年一二月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却する。

また、反訴請求は理由がないから棄却する。

(裁判官 富田守勝)

<以下省略>

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